ふつうのおたくの日記

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『精神分析の四基本概念』注釈①

 以下、ジャック・ラカンセミネール第11巻『精神分析の四基本概念』の注釈を連載する。日本語訳は岩波文庫、フランス語原文はSeuil社のペーパーバック版を用いる。

 

amzn.asia

 

www.seuil.com

 

 なんで急にこんなことを?という説明は、まあ、おいおい。ひとまず粛々と読んでいくことにする。

 

Ⅰ 破門

 

 みなさん

 

 私は、高等研究実習院の第六部門によって一連の講義をする役目を与えられましたので、これからみなさんに精神分析の基礎についてお話ししようと思います。

 

 

Ⅰ L'EXCOMMUNICATION

 

 Mesdames, Messieurs,

 

 Dans la série de conférences dont je suis chargé par la sixième section de l'École preatique des Hautes Études, je vais vous parler des fondements de la psychoanalyse.

 

 「破門」l'excommunicationという表現は穏やかではない。歴史的文脈を抑えておこう。アメリカを拠点として活動していた国際精神分析協会(International Psychoanalytical Association, IPA)に対して揺れるフランスのパリ精神分析協会(Société Psychanalytique de Paris, SPP)は、1953年にSPPとフランス精神分析協会(Société Française de Psychanalyse, SFP)に分離する。ラカンはダニエル・ラガーシュらがぞくするSFPに合流し、IPAに対する抵抗をおこなうものの、SFPの分析家たちはIPAへの正当性にも惹かれていた。

 IPAはSFPの加盟申請に対して、ジャック・ラカンを訓練分析家のリストから外すように要求する。SFPは1963年11月19日にこの指令を可決。ラカンはSFPからもIPAからも追いやられることになる。ラカンは以上の訓練分析家の資格剝奪を「破門」という。

 ここから見て分かるように、事態が複雑なのは、ラカンの怒りがIPAのみならず、IPAの要求を呑んだSFPにもあるということである。ラカンは次のように自嘲する。

この喜劇的な次元は、さきほど私が破門と呼んだ表明の水準で生じるものの領域に属してはいません。むしろ、この喜劇的次元はここ二年間のわたしの立場に由来しています。つまり、同僚とか弟子とかいう位置にあった人たちによって私がまさしく「取り引きの材料にされた」という立場です。

Celle-ci n'appartient pas au registre de ce qui se passe au niveau de la formation que j'ai appelée excommunication. Elle tient plutôt à la position qui fut la mienne pendant deux ans, de savoir que j'étais -- et très exactement par ceux qui étaient à mon endroit dans la position de collègues, voire d'élèves -- que j'étais ce qu'on appelle négocié.

(10/17)

ラカンが「喜劇的」(comique)と呼ぶものは、除名そのものにあるわけではない。むしろそれを引き起こした弟子たちの画策ないし陰謀--もっとも、これはラカンの視点からそうみえる、というだけだが--のうちにある。IPAだけでなく、自分をIPAに売ったSFPの弟子(ラプランシュ)や同僚(ラガーシュ)への憤りということを踏まえておかないと、若干ややこしい。

 

 本文に戻る。「破門」をいずれにせよ喰らったラカンは、それまでセミネールをおこなっていたサンタンヌ病院から高等師範学校(École normale supérieure, ENS)に場所を移す。「高等研究実習院(l'École preatique des Hautes Études, EPHE)の第六部門によって一連の講義をする役目を与えられました」という表現には一瞬引っ掛かりを覚えるが、先を進めていくと、EPHEの要請を受けてENSでセミネールをするようになったと語られていることが分かる。

 さて、では、「精神分析の基礎」[l]es fondements de la psychoanalyseとは何だろうか。そもそも「基礎」とは何か。そして「精神分析」とは何か。これが、我われがこのセミネールを読んでいく際の根本問題となるだろう。