ふつうのおたくの日記

漫画と『ブルーアーカイブ』のことを中心に、ゆるゆると書きます。

空﨑ヒナさんについてのわたしの理解(ver.2)

 

1 はじめに

 

 本記事では、わたし、すなわち大田区(X ID: @IamnotwhatI)/きゃくの*1の空﨑ヒナさんへの理解を記します。

  具体的には、「にぎにぎと、ゆきゆきて」、「陽ひらく彼女たちの小夜曲」、「エデン条約編」の3つのストーリーを解釈することを通じて、わたし自身が空﨑ヒナさんのパーソナリティをどのように理解しているかを示します。

 

2ー1 「にぎにぎと、ゆきゆきて」におけるヒナさんの遠慮

 

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 まず、「にぎにぎと、ゆきゆきて」におけるヒナさんと先生のやり取りをみていきます。このイベントにおいてヒナさんは最後まで登場しないのですが、イベントエピソードのエピローグでようやく登場し、そこで先生と次のようなやり取りをしています。

 

【ヒナ】……まさか先生が来てるなんて、知らなかった。

【先生】ちょっとした成り行きでね……。

【ヒナ】何にせよお疲れ様。でも先に言ってくれれば、私も……

【先生】?

【ヒナ】……何でもない。ただ……。

【ヒナ】こうして、最後に少しでも会えて良かった。

【先生】そうだね。私もヒナに会えて嬉しいよ。

【ヒナ】そ、そう……?

 

この部分のやり取りは、確かに「甘えた」やりとりだと理解できます。まるで付き合いたてのカップルのような甘いやり取り*2は、それまでのヒナさん(例えば、通常制服のメモロビのあと、モモトークで「忘れて」と語ったヒナさん)と先生の関係とはかなり異なっており、ヒナさんが自分の先生への行為や「もっと一緒に居たい」という感情を率直に伝えられていることを示しているでしょう。

 しかしその一方で、わたしは、引用箇所の後でなされている、次のやり取りにも注目したいと思います。

 

【ヒナ】まあ、起きたことはもう仕方がない。せっかくだし、あとはお祭りを楽しんだら?

【アコ】い、委員長……!?

【先生】じゃあ、私が百鬼夜行を案内してあげる。/……この数日間、みっちり教えてもらったから。

【ヒナ】せっ、先生が、直接……!?

【ヒナ】……じゃあ、よろしく。

 

 「百鬼夜行を案内しようか」という先生の申し出に、ヒナ(とアコ)は驚きます。ヒナさんは「最後に少しでも会えて良かった」と言っていますが、それは言葉通り<本当はもっとたくさんの時間会いたかったけれど、仕方が無い>という意味なのです。ヒナさんは自分の「甘えたい」という気持ちを抑え込んで先生と話していたのですが、先生がヒナさんの気持ちを汲んでくれたおかげで、思いがけない喜びを手に入れることができたのです。

 つまりヒナさんは、仮に先生への深い愛情を持っていて、また先生に甘えたいという感情があったとしても、それを積極的に表現することは(少なくともこの場では)していないのです。これは明言されていることではなく、あくまでわたしの推測に過ぎませんが、ヒナさんがここで主に考えていたのは、<先生は仕事で大変だった。わたしに言ってくれれば、助けられたのに>ということだったのではないでしょうか?つまり「甘えたい」よりも「心配している」あるいは「遠慮しなくてはならない」という気持ちの方が勝っていたのではないか、という推測です。

 いずれにせよ、以上の理由により、この場面については、わたしはヒナさんが「甘え方が控えめ」であると言ってよいと考えてます。

 

2-2 「陽ひらく彼女たちの小夜曲」におけるヒナさんの成長

 

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 次に「陽ひらく彼女たちの小夜曲」を検討します。このエピソードは多くの場合、ヒナさんが先生のことがめちゃくちゃ好きになっており、その好意を素直に表現したエピソードとして理解されます。特にドレスヒナのメモロビで、ヒナさんははっきり「先生のために演奏するね」と言い、わざわざ二人きりの状況を作っているので、これは明らかに好意の表現であるように見えます。

 わたしもヒナさんが先生に好意を抱いていないとは思いませんし、好意をピアノの演奏を通じて表現していないとも思いませんが、ただしその好意の表現の内容は、複数の意味をもっていると思います。特に「成長」という要素がこのエピソードには含まれており、単に<以前から抱いていた自分の気持ちに素直になり、甘えるようになった>というエピソードだとは考えていません。

 まず手がかりとしてわたしが注目したいのは、イベントストーリーの序盤、マコトがヒナさんにピアノを弾くよう強いる場面で、マコトがヒナさんにピアノを弾かせようと思った理由を語る場面です。

 

【マコト】(どうやら風紀委員長は、泳げないうえにピアノを弾けないらしいからな!)

 

 ここでマコトが指摘するように、かつてヒナさんは泳げませんでした。しかしその情報は古い。ヒナさんは夏季訓練のあとで先生に水泳を教わっています*3

 

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 明言はされていませんが、ヒナさんのことです、おそらく泳げるようになったのでしょう。しかしその水泳のレッスンは順調とはいきませんでした。水泳を教わる前にヒナさんが不良の撃退で応戦したとき、ヒナさんの浮き輪が破れてしまったのです。

【ヒナ】よりにもよって……先生が水泳を教えてくれるタイミングでこんな……。

【ヒナ】私……いつもこうなんだよね。

【ヒナ】……。

【ヒナ】……むしろ、これでよかったのかもしれない。

 

ヒナさんは、ここぞと言うときの自分のタイミングの悪さに落ち込みつつ、浮き輪を捨てるいい機会だと思い、浮き輪を捨てようとします。しかし先生はそれを引きとめます。

 

【先生】もちろん浮き輪がなくても、水泳の練習はできるよ。

【ヒナ】……?

【先生】そして、ヒナの言う通り、いつかは卒業する日も来る。

【ヒナ】先生……?

【先生】だからと言って、それが今である必要はないんじゃない?

 

このあとヒナさんは、先生に連れられて、浮き輪を直しに行きます。

 浮き輪はヒナさんの未熟さを象徴するものであって、ヒナさんはそれを「卒業」しようとするのですが、先生はそのようなことをする必要はないと言います。このことの意味は、同じエピソードのなかで、ヒナさんが「物覚えが良いところ」が「数少ない私の長所」と言っていることと比較すると、はっきりします。すなわち、この絆ストーリーのなかで、先生はヒナさんに<苦手なことを焦って無くしてしまおうとしなくていい>と言っており、そのように言ってくれる先生が、ヒナさんにとっては大切な存在だということを意味しています。

 さて、こうした水泳をめぐるエピソードと比較することによって、「陽ひらく彼女たちの小夜曲」がもっている、重要な意味が明らかになります。それは、時間をかけてゆっくり練習することで*4、今度は一人で、水泳と同じようにできなかったピアノが、できるようになっているということです。その点において「陽ひらく彼女たちの小夜曲」はヒナさんの成長物語であり、最後に先生にピアノの演奏をみせる場面も、<自分が成長したことを先生に見てもらう>という側面があることは指摘できるでしょう*5

 したがって、「陽ひらく彼女たちの小夜曲」は、「甘える」という側面だけでなく、むしろヒナさんの先生からの「自立」や「成長」を示していると理解できると思います。具体的にいえば、先生に泳ぎ方を教わることと、先生にピアノを見せることは、意味がまったく違います。そしてヒナさんを先生に甘える人間として理解する見方では、ヒナさんのこのような側面を、うまく拾うことができないのではないでしょうか。

 以上より、わたしは、「陽ひらく彼女たちの小夜曲」においても、「にぎにぎと、ゆきゆきて」同様に、「ヒナさんは甘え方が控えめである」というわたしの理解を変える必要はないと主張します。

 

2-3 「エデン条約編」における「大事なところで」の理解

 

 わたしは、「空﨑ヒナさんが先生のことが大好きである」ということについては、必ずしも反対しません。ヒナさんは、先生のことを深く信頼していると思います。ただ「愛情を抱いている」という表現には十分注意しないと、ヒナさんの重要な部分を見過ごしてしまうのではないか、と思っています。このことを、エデン条約編の有名なエピソードを参照し、指摘したいと思います。

 アリウス・スクワッドの襲撃によって先生が銃撃を受け、ヒナさん本人も大きく負傷をします。先生は一命をとりとめたあと、ヒナさんを見舞いに行きます。そこで焦燥したヒナさんは、先生に次のように叫びます。

 

【ヒナ】私だって頑張った!!

【ヒナ】いつも頑張って、どうにかしようとして……。

【ヒナ】分かってもらえなくても、それでも……。

【ヒナ】けど私は、大事なところで……。

 

ヒナさんはここで「大事なところで」自分が失敗してしまうと言っていますが、水着エピソードでも似たような表現(「よりにもよって……先生が水泳を教えてくれるタイミングでこんな……」)が出てくるところを見るに、ヒナさんは恒常的に<自分自身が未熟なせいで大事なところで失敗してしまう>という観念を抱えているのだと思います。

 そして水着イベントでは「いつもこうなんだよね。」と言い、エデン条約編ではホシノとユメの一件を挙げていることから、何らか過去に重要な出来事が起こったと推察されます。おそらく過去に何らかの大きなショックを受ける、ヒナさんにとってトラウマとなるような出来事があったのでしょう*6。それがどのような出来事であったのか、ヒナさんがそこで何を考えたのか、少なくとも現時点では判然としませんけれども、いずれにせよこの場面で、ヒナさんはホシノの名前を急に出しながら、ふだんの冷静沈着な態度が崩れてしまうくらい、落ち込み、取り乱してしまっています。

 わたしが違和感を持つのは、こうしたヒナさんのパーソナリティに深く食い込むであろう問題が、しばしば次の、これまたよく知られた表現によって、たやすく見逃されてしまうときです。

 

【ヒナ】先生に構ってほしかった、褒められたかった!!

 

この台詞は可愛いです。認めます。ヒナさんは愛おしいです。認めます。けれども、例えばこの台詞を中心に解釈をおこない、<空﨑ヒナさんは本当は先生に甘えたいのだ>と結論付けられると、そしてそのような解釈によって成立している二次創作をみると、そのイラストや漫画の比類なき可愛さに萌えつつも、わたしは、ヒナさんの抱えている重要な何か、ヒナさんの過去に関する何事かが、置きざりにされてしまっているのではないかと考えてしまいます。

 ヒナさんの心の内側は、もっと複雑なのではないか。ヒナさんの言葉を色々と読んだあと、わたしが最終的に考えることは、このことです。これがわたしの問題意識であり、以下で述べるようなヒナさんのパーソナリティ理解の根幹にあります。

 

3 わたし自身の空﨑ヒナさんのパーソナリティへの理解

 

 さて、ヒナさんが経験した過去の出来事の正体が何であれ、以上のような複数のエピソードの解釈を通して、わたしはヒナさんのパーソナリティを、次のように理解しています。すなわち、ヒナさんの幼くみえる側面は彼女の側面の一つであって、むしろヒナさん本人は、幼い状態から成長し、苦手なことができるようになり、そして現在において過去を乗り越えることで、大人になろうとする過程のなかにいるのだと理解しています*7

 言葉を換えれば、わたしは<甘えたい>という子供らしい側面と<ちゃんとしたい>という大人びた側面の両面の対立や葛藤、そして混在が、ヒナさんのパーソナリティを形成していると考えます*8

 そしてわたしは、このような複雑なパーソナリティが、ヒナさんが先生に対してとる態度や表現にも表れていると思います。甘えたい、甘えちゃダメだ。好きだ、でも迷惑になるかもしれない。私は大したことのない人間だ。でも、先生は見てくれている……こうした心の動きすべてを、わたしじしんもまだ、十分に理解しきれているとは思いません。(そもそも分かっていないことが多すぎて、分かりようがありません。)

 ただわたしは、以上述べたような推測と、それからヒナさんのあらゆる言動から、ヒナさんの愛情表現はすごく微妙で、複雑なものであると理解しています。それは一部には「甘え」を含んでいると思いますが、そうではない側面も、多分に持ち合わせていると思います。

 自分で言うのも変ですが、たぶん、わたしはそんなに変わったことを言っているわけではないと思います。わたしが述べているのは、人間にはいろいろな側面があるということ、そして、そうした多様な側面を持つ人間は、一つの概念だけではうまく言い表すことができないだろうということです。複雑であることを厳密な仕方で述べるためには、多くの言葉が必要です。わたしは以上の文章が、空﨑ヒナさんの人間性を十分に捉えるようなものになっていることを祈ります。

*1:以下、煩雑になることを回避するため、単に「大田区」と表記します

*2:「私がここにいることを忘れないですか!?」というアコの台詞は、二人の雰囲気を的確に表現しています

*3:水着ヒナの絆ストーリー4参照

*4:フィールド探索、特にピアノの練習部分は、ヒナさんがだんだんピアノが弾けるようになる過程を追体験できるようになっています

*5:ただ、この記事において鋭く指摘されているように、物語の見せ方として考えた場合、ヒナさんがもっと苦しみ挫折しそうになる場面があった方が、成長物語としては魅力的なものになったと思います。わたし個人の解釈ですが、ヒナさんは時間さえかければ本当に何でもできるひとで、凄まじく要領が良いのだと思います。だからヒナさんが乗り越えるべき精神的課題は、おそらく、ほとんど強迫めいた、自己評価の低さの方でしょう。ホシノとの関係もあってこの辺りは気になる話題ですが、本記事では横道にそれてしまうため、触れられません

*6:充分に根拠のない推測になりますが、ヒナさんはホシノがユメを亡くした場面に遭遇しており、そのなかでも立ちあがるホシノに敬意をもちつつも、自分はそんなことはできない、誰か親しい人間が死んだら立ち直れない…と思うようになったのではないでしょうか。そしてその不安が、先生の一件で爆発した、ということではないか思います。ただそうしたなかでヒナさんは風紀委員会を辞めずに続けているわけで(あるいはその後で風紀委員会に入ったのでしょうか?)、そこにも様々なヒナさんの思いがあったのだろうと思います

*7:自己弁護になってしまうかもしれませんが、もともとのポストでヒナさんは「強いし道徳もある」と書いたとき、言いたかったのはこのことでした。エデン条約篇でも、ヒナさんはすぐに職務に戻り、生徒や先生を助けようとします

*8:言うまでもなく、これはわたしがヒナさんにキャラクターとしての魅力を感じる点でもあります。またドレスヒナさんのメモロビ解釈で示したように、ヒナさんが先生にピアノを見てほしいと思うことにむしろ「自立」の側面があったり、あるいは水着ヒナさんの「早く成長したい」という思いがむしろ子供っぽい焦りであったりして、実際のところはいっそう複雑です